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知的障害×重症病弱児~親亡き後をどうするかという問題~

親亡き後問題を真剣に考え早い段階から動いている病児の親はどのくらいいるだろう。

きょうだい児

きょうだいに世話(介護も諸々の管理も全て)を任せるという人もいるが、病児の兄弟は病児のお世話をするために存在するわけじゃない独立した1人の人間だから、私はその考えを聞くとものすごく不快な気持ちになる。

自分の子供時代を思い出す。

わたしの幼少期

わたし自身きょうだい児なわけではないのだが、小学校のころ年子の兄が部活をさせてもらえた一方で私も部活をやりたいと母親に伝えると「別にいいけど、お父さんもお母さんもお兄ちゃんの部活で忙しいからMiikoちゃんの試合とか練習は行けないよ。」

そう言われて断念せざるを得なかった。

小3か小4の頃からは、週に何度か夜働き始めた母親に代わって学校から帰宅後は6歳年下の幼い妹のお世話をした。

暗くなると部活から兄が帰宅して兄妹三人で過ごしていたが(当時父親は単身赴任中)、「なんで私ばかり・・・」という気持ちはかなりあった。

兄と妹は昔も今も大好きで、嫌だと思ったことはない。

ただ、妹の面倒を押し付けられているという感覚はあった。

「他のきょうだいのために自分が犠牲になる・我慢させられる」

断ったり不満を言えないような精神的圧力の中・お世話を断ろうもんなら「きょうだいなのに酷いやつだ」というような人格否定されるような環境の中で、子供の心の中に溜まっていくモヤモヤに気付かない親や軽んじすぎている親が多すぎやしないだろうか。

念のために言っておくが、私の母親は生活のために働いていたわけではない。

私の実家は父親が高給取り会社員だったため裕福である。

専業主婦になりたくなかった(けど父親が転勤族だからならざるを得なかった)母親が、大学時代からずっとずっとやりたかった英語関係の仕事のパートを始めたというだけだ。

英会話教室の講師になったため、夕方~夜の勤務だったのだ。

はっきり言わせてもらうと、自分の選択で産んでおいて「自分もやりたいことやっぱりしたいから」次女(妹)の面倒を長女(私)にみさせるとかマジありえないって今でも思う。

同じ「親」という立場になり余計にそう思う。

部活を我慢させられたことなどについて、私が20代になってから突然母親から謝られたことがある。

「いつもお兄ちゃんばっかり優先させて我慢させてたの申しわけなかった」

なに??今更。

残念ながら、もう遅いのだ。

大人の時代というのは長いしやり直しがききやすいが、子供の時代というのはあまりに短く、そして大人と違って「やり直し」はきかないのだ。

それにこういう場合の謝罪というのは、謝ることで自責の念から解放されてスッキリしたいだけのことが多い。

もし私がなにか言おうもんなら「ちゃんと謝ったじゃん!なにいつまでもグチグチ言ってるわけ?」となるのだ。

そして、ピンポイントで謝るということは、自分が娘にしていることが一体どういう事なのか・娘がどう感じているのか当時から認識はしていたわけだ。

ママ友のケース

ママ友の中にマジでスーパーウーマンがいて、病児(重心児)を将来入所させてあげられる場所を5歳頃から見つけていた(現在12歳)。

早めに予約をしておかないと待ちの人が多くて入所できないからと言っていた。

その子にもお兄ちゃんがいるが、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があるから将来弟(病児)の面倒を頼むようなことは絶対にしないし普段からケアをお願いすることもないと言っていた。

我が家は一人っ子だが、2人目を作らなかった理由の一つに『きょうだい児の心のケアをちゃんとしてあげられるほど自分の人間性ができてると思えなかった』というのがある。(ほかにもいろいろと理由はあるので結果的には総合的な理由で作らなかった)

「Miikoさんて保育士さんですか」とよく間違われるほどに子供はむっっちゃ好きだが、私が感じた寂しさや我慢を我が子にさせてしまう可能性を考えると、絶対にムリだった。

子供が欲しいから作る、子供が大好きだから作る。

既に病児を育て始めていた私にとって、それはあまりに無責任すぎる理由だったのだ。

知らないくそジイイ

あるとき私は息子を小規模イオンのオモチャコーナーで遊ばせていた。

気管切開をし酸素ボンベに繋がった息子をみて、知らない男性老人が突然わたしに話しかけてきたのだ。

『子供病気なの?一人っ子?将来親が死んだあと世話させるために次の子作ったほうがいいよ。知り合いでもそうしてる人いるよ。』と。

私は思った。

黙っとけよクソジジイ。

ジイイに悪意がないのはわかる。

慈愛の目でニコニコと息子をみていた。

ただ、お前はその世話を任される側の気持ちを考えることがあるのか。

「身内のお世話をしなかった場合の後悔」や「良心」という謎過ぎる呪縛のもとで、自分が望む人生を歩めない人のこと・我慢ばかりさせられる者の悲しさや孤独を考えたことがあるのか。

お前みたいな考えは滅べよマジで。

って本気で思った。

障害年金

我が家の場合、息子が障害年金をもらえる可能性は低い。

20歳まで生きられないと言われているほどに予後不良の心疾患でたまに車椅子も使ってるが、肢体不自由ではないのだ。

非該当という当事者にならなければ分からなかったことだが、肢体不自由であるかそうでないかの差はかなりデカい。

これまでも、病状は重く1日学校にいられるような体調レベルでもないのに「自立歩行ができる」というくくりだけで得られないサービスはあった。

相談支援員さんやドクターが行政にかけあってくれたことでうまい具合に使わせてもらえたこともあったが、「歩ける」というのが逆にハードルになるものは非常に多い。

うちの自治体は全国的にも障害者支援を積極的に行っているほうなので、まだマシ。

福祉窓口のかたたちも丁寧に話を聞いてくれる。

肢体不自由(朝から学校〜放デイまで行けるほどの体力はある)のママたちから同情されたこともあるほどだ。

「Miikoちゃんの息子ちゃんのほうがうちの子よりよっぽど命に関わる大変な状態なのに、なんで?」

私もそう思う。

自立歩行できる。

食事も排せつもお風呂も自分で可能。

受け答えができる。

それだけで判断される。

重い知的障害もなく、肢体不自由でもない先天性心疾患患者で障害年金がもらえる人は驚くほどに少ないのだ。

貰えていたのに打ち切られるというのも日常的に発生している。

見た目は病気があるようには見えなくても、病気がない人のように働くことはできないのに。

嫌だ嫌だと思いながらも患者団体の運営ボランティアをやめないのは、先天性心疾患者のこういった現状があるからだ。

国や自治体に対して声を上げ続けないと、今までもらえていたものもどんどん打ち切られていってしまうのだ。

いまあるもの・受けられているサービスが当たり前だと思って過ごしていたらどんどん容赦なく削られていく現状を知らない親はかなり多い。

自分が子供を産んだ時には当たり前に出来上がっていた福祉サービスや手当てだったから、「あって当然」もらえて当然だと考えているのだ。

重心にしても心臓病にしても、先輩パパママが必死に活動して手にしてきた権利だということを知らずに感謝せず過ごしている人があまりに多すぎる。

感謝というのは言葉に出して伝えないと伝わらないのだ。

どちらにしても我が家は障害年金がもらえない前提で、息子が働かなくても・一切の福祉的手当てが貰えなくても生活に困らないの資産は作り終えた。

我が家は障害児扶養手当も障害児福祉手当も所得制限により貰えていないので、とにかく自助努力でやるしかない。

誰かが助けてくれるかもという不確定要素に大事な息子の未来を一か八か賭けるわけにはいかないのだ。

児童手当の所得制限が撤廃されるのはマジで嬉しすぎる。

所得による税金が年々増え続け恐ろしいほどに取られているのに、障害児を育てるにあたって出ていくケア用品などの支出は変わらずなのだから。

後見制度

息子は寿命が長くないと医師から言われている。

さっきも書いたが、20歳までは生きられないそうだ。

何事もなければ夫氏と私の方が長く生きる可能性のほうがうんと高い。

それに、息子が1人残されて大変な想い・嫌な想い・寂しい想いをさせたくない夫氏と私は、息子を看取りたいと心底思っている。

愛だけに溢れた安心した世界のまま、幸せな笑顔に満ちた人生を完遂させてあげたい。

看取るのはすごくすごくつらい。

でも、息子を残していくほうがもっとつらいのだ。

だが人生なんていつ何が起こるか分からない。

医療的ケアもあり持病の状態も悪く、更に知的障害と発達障害もある息子が1人残された場合のことも考えておかなくてはならない。

親族の誰かに引き取って育ててもらおうとは思っていない。

兄妹3人仲はいいが、わたしはそこまで厚かましい人間ではない。

ただ、後見人としては訳のわからない弁護士に頼むよりはよっぽど安心も信頼もできる。

私の兄は経済に明るい人間だし金銭の管理は相当しっかりしている。

それでいて稼ぎもかなりあるし常識人なので、問題となっている後見制度の弁護士のように資産をネコババするなんてことも考えられない。

ちゃんと公正証書によって契約してもらいきちんと毎月の報酬(2万円~6万円)を払い引き受けてもらえないかお願いしてみようと考えている。

今できること

施設も探しつつ一人暮らしも視野に入れ、息子に一人暮らしが可能なのであればワーカーさんが定期的に訪問してくれるのかなども含めて準備をすすめなくてはならない。

ただ、最低でも月に1回通院があるが自力では通院できない息子はどうしら良いのか、、、

そういったこと全部考えた生活設計の想定をしなくてはならないのだ。

傷つけるつもりも悪意もないが、「知的障害だけど身体は元気」「病弱だけど知能は正常」の人と比べると様々な点において選択できるものがかなり狭まるのだ。

この認識については支援学校の先生も完全同意していた。

それでいて肢体不自由ではないから受けられる支援もそうとう厳しいものになると想定される。

とにかく今できることは、片っ端から情報を集めることだ。

ただやみくもに集めるのではなく、様々な未来を想定したフローチャートを作り、その一つ一つの課題をクリアするための情報を集める。

使えそうな支援・サービスであったり、施設のピックアップであったり全てだ。

息子の担当をして下さっている相談支援員さんともたくさん話をして、持っている情報の中で使えそうなものがあれば落とし込んでいく。

入所さえできればなんでもいいというわけではない。

入所者に対して暴言を吐くような場所だったり、ケアが雑な場所はアウトだ。

優しくて人を傷付けることも悪口言うこともしない息子がそんな場所で生活するなんて考えたくもない。

本当だったら私自身が信頼できるママ友たちや今まで培ってきたネットワークを駆使し力を合わせて施設を作りたいくらいなのだ。

とにかく、頭の中で「どうしようどうしよう不安だな」と考えているだけでは何の問題解決にもならないし一切の進展もないし時間の無駄遣いだ。

夫氏には金稼ぎに邁進していただいているので、どうしようもない時以外は息子氏のことは全て私が担っている。

まずはフローチャートを作り経験豊富な相談支援員さんや支援学校の先生、自治体の担当保健士さんなどに見てもらって、足りない部分や気付いた点や修正箇所があれば教えてもらえたらいいなと思っている。

チャートが出来上がったらそれぞれのパターンに即して情報をひたすら集め、具体的にどう動けばよいのか・何を準備しておけば良いのかを明確にしていく。

マジでやることがいっぱいだ!!!

でもやるっきゃない。

誰かがなんとかしてくれる他力本願思考には絶対になりたくない。

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Miiko

指定難病×医療的ケア児×軽度発達障害×軽度知的障害の小6を育てるママ。専業主婦歴13年。料理が大嫌いで仕方ない。高校時代は金髪egg系黒ギャル。

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