息子が亡くなったその日、夫と私は葬儀屋さんに「エンバーミング」なるものを依頼した。
エンバーミングとは、遺体に殺菌消毒や防腐処置などを施し、修繕も行い生前の姿に近づけるという技術である。
ドライアイスなしでも長期間の腐敗を防ぐことができ、それによって遺体からの感染症を防ぐこともできるのだ。
したがって、最後のお別れの時まで頭や頬を撫でてあげたりということも問題なくおこなえる。
エンバーミング処理の際の参考にしてほしいと、息子の生前の顔がしっかりと分かる写真を葬儀屋さんに渡した。
中学2年生になったばかりとはいえ病気の影響もあり、その見た目は顔立ちも身長体重も小学校低学年ほどの幼いままであった。
中学生にも関わらず、外食へ行くと幼児用のカトラリーを出されていたほどなのだ。
透き通るように白い肌は大福のようにフワフワとしていて、湿疹ひとつないタマゴ肌は、生前たくさんの人から褒められたチャームポイントの1つだった。
思いやりの塊でいつも笑っていたその顔は、寝顔であってもとても優しく、とにかく癒やし効果バツグンの顔立ちだ。
生前の息子のまま綺麗に遺体保存してくれるなんて、エンバーミングとはなんて素晴らしい技術なんだろうか。
葬儀までの1週間一緒に過ごせることを心待ちにしながら、息子がエンバーミングから帰って来るのを夫と私は待った。
息子が亡くなってから2日後、白い布に包まれた息子が自宅へ帰ってきた。
年配のおじさん2人組に丁寧にベッドに寝かせてもらった息子。
事前に葬儀屋さんに渡しておいたお気に入りの服を着せてもらっていて、私の心はキューッとなる。
(ママの可愛い可愛い宝物・・・)
息子が赤ちゃんの頃から毎日のように伝えていた言葉を心の中で唱える。
夫と2人で息子に近づき、おじさんが顔の白い布を外してくれた。
「・・・・・・・・・だれ(笑)????」
夫と2人、声が揃ってしまった。
そこには、息子に似ても似つかない、ヤンチャな「ザ・いじめっ子」のような意地悪そうな顔をした青年が横たわっていた。
「え、よそんちの子が間違って来た?え?」
夫と私はプチパニックである。
生前の顔とも、看取った時の顔とも大違いだ。
もはや笑うしかなかった。
「全然息子ちゃんの顔じゃない。嘘でしょ!?マジでどうなってんの?」
プチパニック夫婦をよそに、おじさん2人組はフルシカトを決めこんでいる。
なんなら「どちらの作法が正しいか」という小競り合いを小さな声で永遠としながら自分たちの作業を続けている。
ここで喧嘩はやめてくれないか。
むかし気管切開をしていた頃の痕を確認し、「あ、息子ちゃんの身体だ。」と一応は夫婦での確認が完了した。
だが、どう見てももうそこには愛する息子はいなかった。
エンバーミングに送り出したときの息子はいなかった。
顔立ちだけではない。
13年間、多くの人から褒められた儚げに透きとおる白いタマゴ肌の息子もいなかった。
浅黒いファンデーションを分厚く塗りたくられ、その化粧も下手すぎてパウダーファンデの粉吹きがひどかった。
「なにラテン肌にしてくれとんねん。」
思わず声に出た。
顔立ちもちがう、肌色も180度ちがう。
(処置してくれた人、絶対下手くそじゃん。)
ご遺族のエンバーミングを経験した知人何人かに聞いたが、顔立ちまで変わるなんてことはなかったと言っていた。
「20万円払ってこれかよ」
夫がハッキリ言う。
お金の問題ではないのだが、これだけのお金を受け取るのであればそれ相応の仕事はしてほしかった。
おじさん2人組が最後の最後まで小競り合いをしながら帰ったあと、それからはほぼ丸一日かけて私は「息子を見てもいい角度・見るの禁止角度」を見つけ出すことに精を出した。
角度によってはギリ息子に見えるからだ。
両手それぞれをLの字にしてフレームをつくり、さながらグラビアカメラマンのように様々な角度に移動してはOK角とNG角を判定していった。
罰当たりだなんだなど、もはやどうでも良かった。
とにかく息子に戻したかった。
怒るより笑いたかった。
「おっ!この角度いいよいいよ~!!」とカメラマンになりきった。
ちなみに修正には追加で10万円弱かかると葬儀屋さんから言われた。
もはやボッタクリである。
2日後、「マスクをすれば、なんとか常に息子だと思えなくもない」という画期的な結論に到達することができた。
こうして夫と私は、「マスクをかけたラテン風のどこぞの知らん青年」と葬儀・火葬の日までの一週間を自宅で過ごしたのである。
葬儀2日前ともなると、今度はラテン青年の左目まぶたが急激に窪み始めもした。
左目のホリの深さがイタリアになってきた。
ここまでくると、もはや「我が子を想い泣く」という現象は発生しない。
なぜなら私たちの愛する一人息子は、その人生の中で一度も「ラテン風の肌色」になったこともなければ、「青年の顔立ち」であったことも「意地の悪そうな顔立ち」に見られたこともないからである。
そして純ジャパニーズの息子はホリの深いイタリア人とは真反対、思いきり平たい顔族だ。
息子に会いにきてくれたママ友がマスクを外したがったため外して見てもらったが「ねえちょっと!息子ちゃんはこんな顔じゃないよ~!よそんちの子連れてこられたの~!?マスクしとこしとこ!」と叫びながら大急ぎでマスクを再装着させていた。
そりゃそうだろう。もはや人種すらも変わっているんだから。
南米とイタリアのハーフだ。
ついでに言うと髪の毛にはベッタリとポマードのようなものが塗りたくられ、七三で分けられたテッカテカのポマードヘアは定規のように真っ直ぐ左右にピンと伸ばされていた。
まだ森鴎外の七三分けのほうがカーブがかっている。
葬儀屋さんには「伝えるのが心苦しいのだが、全くの別人である」とハッキリと伝えさせてもらい、火葬までずっとマスク姿でいさせてもらった。
火葬もマスクのまましてもらった。
マスクしたまま火葬された子供は今までいたのだろうか。
もしかしたら息子は先駆者となったのかもしれない。
さすが我が息子である。
最後まで話題沸騰だ。
しかし夫と私は、息子のエンバーミング処置を担当してくれた人が下手くそであったことに感謝をしている。
全くの別人となって帰ってきたことで、「やはり身体はただの器(うつわ)であり、魂は死なないのだ」と再確認できたからである。
「何事にも感謝をする」
「どんなときでも笑顔でいる」
それは、息子が最後の最後まで当たり前のように見せてくれていた姿勢だ。
それでも、時折ふと思う。
20万円を返してほしい。