ハイブリッドな病 無理だろ日記

小5の調理実習はカップラーメン作りと聞いて

NomadismLife

日々生きていると、「ウソでしょ???」と耳を疑うような場面に遭遇する。

小学5年生の息子トラの調理実習内容が「カップラーメン作り」と聞いたときもそうだった。

夫マスオがキムタク(木村拓哉)の『「ちょ待てよ」集』なるものをYouTubeで観て大笑いしていたのだが、息子トラの担任の先生から「家庭科の先生からのお話ですが、調理実習の内容がカップラーメンになりそうです。」と聞かされた時の私は完全にキムタクのそれであった。

しかしカップラーメンというのも、家庭科の先生なりに一生懸命考えてくれた(恐らく)結果である。

息子トラは心臓病関係で血が止まりにくくなるお薬を飲んでいる。

名をワーファリンという。

しかも、けっこう強めに効かせている。

家では包丁を持たせて半年に1回ペースくらいで一緒に食事作りをしたりしているが、学校で指を切ったりしたらそりゃあ先生も恐怖だろう。

避けたい気持ちは十分理解できる。

私が教員なら死にものぐるいで回避する。

では、野菜を洗って手でちぎってサラダでも作れば良いではないか。

ドレッシングにしたって、材料を計って混ぜるだけだ。

ところが、O157(食中毒)問題が全国的に注意喚起されており学校の調理実習にもその影響が及んでいるらしい。

ということでチギリサラダも却下。

そうして消去法で残ったのがカップラーメンらしい。

息子トラは酸素ボンベを携帯しているので火からは2メートル以上離れなければならない。

酸素に引火して大火事の危険がある。

2メートル以上離れながらガスコンロを使うには、トラを手長族にしなくてはならない。

無理だ。

恐らくティファールの電気ケトルでも使うのだろう。

「わかりましたw」

もう笑うしかない私に追い打ちをかけるように担任の先生は言った。

「あと、作ったものはトラくん食べられないそうです。」

ちょ待てよw

作ったものを食べるところまでが調理実習じゃないんかい。

担任「食中毒の問題などを考えて、教員が食べて感想を言うそうです。」

教員は食中毒なってもいいという決死案感がすごい。

担任「コロナの感染を考慮して、別室で教員が食べているのをZOOMで繋げてトラくんが見るという感じだそうです。」

もはやここまでくると【10ちょ待てよ】じゃ足りないくらいである。

カップラーメン好きな息子トラには拷問だ。

食わせてももらえず湯を注いだ後は、ラーメンをすすって「おいしい」と発する教員をパソコン画面越しに眺めるだけなのだから。

そりゃ美味しいだろう。世界の日清だ。

一生懸命考えてもらっての結果だろうが、聞いた瞬間担任の目の前で私は大笑いした。

「食べてる姿をZOOM越しに見るてwww斬新w」

更に追い打ちをかけるように家庭科の先生からの注文を伝えられた。

担任「カップラーメン作りを家で練習しておいて下さい。だそうです。」

もう、調理実習不要じゃね?

ちょ待てよを通り越して「わかりました、練習しておきますwww」と言うしかない私。

親に拒否権などないのである。

あるのは笑う権利だけ。

伝えるハメになっている担任も可哀想である。

いちおう断っておくが、息子トラが通っている学校の先生達のことはみんな大好きだ。

そうしてその日から1週間、息子トラの昼ごはんはカップ麺となった。

体力のことを考えてほぼ毎日午前中で下校するため、お昼ごはんは自宅なのである。

朝8時半に登校して12時半に帰宅している、入学したての1年生的学校生活だ。

体力のことを考えて午前帰宅しているのに、どう考えても身体に悪いカップ麺を1週間連続で食べるという悪行。

しかも調理実習のために、だ。

しかし、そこで気づいたのが

「カップ麺をトラ自身に作らせたことがない」という事実。

息子トラは軽度知的障害だ。

更に、カレンダーボーイ(※)っぽいと心理発達専門の先生から言われたほどの抜群の記憶力を持っている発達障害系の特性もある。

(※)ある年月日の曜日を瞬時に答えられる。

息子トラの場合は、前後6~7年分の年月日の曜日とその日に何をしたのか何が起こったのか何を食べたかなどを瞬時に答えられる。
自閉症の8人に1人がこの「カレンダー・サヴァン」という傾向であるらしいが、トラは自閉症では全くないそう。

トラの場合は脳内で計算して曜日を算出しているわけではなく、一度見たカレンダーをそのまま写真のように記憶してるっぽい。

教科書も写真のように記憶しているっぽいから、教科書と同じ問題のでかたをすればテストの点が良いしパソコン検定もそつなくクリアしていくため知的障害と理解されづらい。

軽度知的障害があるために物事の理解には時間がかかるのだが(ものによってはずっと理解できない)、記憶力(暗記力)がかなりあるためカップ麺作りも一度覚えれば出来るようになるだろう。

思った通り、最初はハテナな感じで「作り方」を読んでいたトラ。

文字も漢字も、ほぼ一発で記憶するので読める。

読めるのだが、内容を理解しながらではではなくただただ音として読み上げているだけなのだ。

順を追って「作り方説明文の説明」をしながら一緒にカップ麺を仕上げていく。

自宅予習を命じられてから、20個くらいのカップ麺を一気買いした。

そう。私と夫マスオも道連れだ。

カップ麺とはいえ、一つ一つ微妙に作り方が違う。

かやくがあるもの・スープを入れるタイミング・湯切りがあるもの・お湯を入れた後の放置時間。

そういう知恵も教えながら作業を進めていく。

初回は、湯を入れるまでに15分ほどかかった。

親の根気・忍耐が必要である。

「育児は育自」とかカッコいいことを言う余裕などない。

「なぜこんな簡単なことがスグにできないのだ。理解できないのだ」という気持ちや言葉を出さない、イライラを抑える自分との戦いだ。

そうして息子トラはカップ麺の作り方説明文を自分で読みながら、自分でカップ麺を作れるようになった。

家庭科の先生のブッ飛んだ調理実習案と宿題がなければカップ麺の作り方など一生教えなかったかもしれない。

カップ麺をあまり食べない家庭というのもあるが、ベーコンエッグは作れるトラ。

しかしカップ麺のほうが何かあったときに生き残れるアイテムである。

私は、人から手取り足取り教わらなくても小さい頃から運動も勉強も生活系のことも全て何でもそつなくこなすことができる娘だったため、「できない」「理解不能」という感覚があまりないのだ。ゼロではないが。

学校の成績が悪い人も、できないんじゃなくて「やらないから」「やりかたが悪いから」できないんだよね。

そう思っていた。

だが、障害がある子(人)はそうではない。

涙を流しながら一生懸命やっても、人より何十倍も時間をかけて努力しても「どうしてこんな簡単なものが・・・」「何十回もやってる内容なのに」という内容でもできないものがある。

もちろん、教える側がたくさんたくさん工夫して時間をかければできるようになるものも沢山ある。

だが、当たり前のように「説明書きがあるからできるよね」という感覚は間違っている。

私は息子トラに「カップ麺くらい作れるっしょ。お湯入れるだけだぜ?」くらいの感覚を持ってしまっていたのだ。

しかし実際に教えてみると実に沢山の工程がある。

一つ一つの工程説明が「どういう意味なのか」「どんな行動を示しているのか」を丁寧に何度もわかりやすく説明必要があった。

新しい気付きだったし反省したし、意図せずとも気づかせてくれた家庭科の先生に感謝をした。

なんなら、「いい機会になりました」と感謝を伝えた。

そして一週間後。

担任の先生「大変申し上げにくいのですが、調理実習そのものがなくなったそうです。」

ちょ待てよ。

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ダー子

重症心疾患✕軽度知的障害✕発達障害グレーのハイブリッド男児育児中。できることなら楽しくラクに人生を歩みたい。転んだらだいたい転びっぱなし。夫1人。子1人。

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