無理だろ日記

出産中の「いや、無理だろ」っていう話。

2011年の6月。

妊娠39週に入ったばかりのタイミングで陣痛がきて、陣痛発生から約12時間後に第一子である息子トラを産み落とした私。

5分起きの陣痛が始まってからようやく入院が許可され、それからはひたすら地獄だった。

あてがわれた個室病室では痛みでほぼずっと大泣きし続け、

「子宮口まだひらいてないですねぇ~」って看護師さんから言われては白目をむきそうになり

妊娠中もほぼ寝たきりで地獄だったのに出産も地獄やんけ!

って思いながら大泣きし続け。

3人もポコポコ産んでいる私の実母は「可哀想で見てらんない」といって病室から退室する始末。

いやそこ、去るとこなんかい!母!

なにしに来たん!?

ようやく子宮口が開いたとかで分娩室へ促される私。

看護師さん「この点滴もって歩いてきて下さいね~」

は?

看護師さん「この点滴もって歩いてきて下さいね~」

うそでしょ。歩くの?地獄の痛みなのに?

浮遊術とか使って連れてってよ。

せめて車椅子プリーズ。

看護師さん「もしご自身でお手洗い出来る場合はしてきてくださいね。できない場合はカテーテル導尿になりますけど結構痛いですから。」

いきます。

自力排尿いきます。

ごめんなさい無理でした。

地獄の痛みすぎて、便座に座ることもままなりませんでした。

腰をかがめることすらできない。

「おしっこ出せなかったのでカテーテルお願いします・・・」

点滴をカラカラ引きずりながら死にそうな状態で1人分娩室に入り、看護師さんに依頼。

看護師さん「じゃあちょっと痛いですけどカテーテル挿れますね。」

この時の気持ちよさは今でもよく覚えている。

痛みなどまったくなく、破裂しそうだった膀胱が解放されていく心地よさはこの世のパラダイス。

恍惚とした顔をしていた私、

「気持ちいいですぅ~。スッキリしましたぁ~・・・あははぁ~。」

律儀に心の内を看護師さんに伝え

そのまま最恐の地獄タイム(分娩)へと突入した。

助産師さんの掛け声に合わせて力まなくてはならない地獄。

「いやもう疲れたから休ませてくれよ・・・」

なんて口が裂けても言えず。

「あーーーーー・・・なんで私だけこんな痛いんだよ・・・」

なんて口が裂けても言えず。

医者が「頭でましたよお母さん!」と、全米ナンバーワン映画が感動のクライマックスを迎えたくらいに喜んだので

よし、勝利した。終わった。休ませてくれ。

そう思って勝手に心の休息を開始し、再度恍惚とした顔でニヤニヤしていたところ

医者「あーー、肩が引っかかってますねぇ~!」

と一言。

は?

「いや無理だろ。」

「もう頑張らねぇよ?私。」

退社して飲み会に行こうとした直後に「案件トラブったから会社戻ってきて!」って言われたときくらいの感じよ。

私の中ではもう今日の勤務(出産)は終わったんだよぉぉぉぉ!!!

肩て。

いや、肩て。

助けてください神様。

困った時だけ都合よく登場させる神への祈りは通じず、再度頑張るハメになった私。

「いいからさっさと終わってくれ。肩出てきてくれ。」

我が子ではなく我が子の肩に祈りを捧げながら、ひたすらこの感情だけで残りの出産時間を過ごしたのである。

産後、感想を聞かれた助産師さんに「二度と子供は産みません」と伝えたが、助産師さんからは「そうやって言って、ミンナまた産むのよぉ~笑」と返された。

しかし私は産後11年経った今でもこの時の自らの誓を守っている。

出産時の痛み・そして産後何年も続いた原因不明の会陰痛を忘れられないのだ。

また子供作る?と夫マスオから何度か打診されたが、断固拒否してきた。

私は二度と子供を産まない。

マスオが産むならいいよと伝えた。

つぎ産んだら我が身が天に召される自信がある。

しかし子供はめちゃくちゃ好きである。

トラを産んでよかった。

恐ろしく可愛い。

可愛がりすぎて、愛の世界しか知らない人間にスクスクと育っている。

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ダー子

重症心疾患✕軽度知的障害✕発達障害グレーのハイブリッド男児育児中。できることなら楽しくラクに人生を歩みたい。転んだらだいたい転びっぱなし。夫1人。子1人。

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